この世界の片隅に

この世界の片隅にトークショー

★下の記事に書いた、「映画『この世界の片隅に』公開まであと1年!記念トークイベント」に行ってきました。

当日券の配布される9時過ぎに会場に行って、チケットを入手。練馬アニメカーニバルのHPにイベント自体は入場無料と書かれていたけど、これはいくらかとるんだろうと思ってたら本当に無料でビックリ。
いったん帰宅し、用事を諸々済ませて、時間になったので会場へ。

イベントは、こうの史代センセイと片渕須直カントクと司会の方の3人が出演。以下印象に残った話。(ブログカテゴリを「書き起こし」にしましたが、当然録音したものではないので、記憶とニュアンスで書いてます)


・『この世界の片隅に』映画化のキッカケについて
 片淵カントクが『マイマイ新子と千年の魔法』を作っている時に、映画のイベントで宣伝担当の人がこうのセンセイの『夕凪の街 桜の国』の話ばかりしてて興味を持った。
 『この世界の片隅に』を映画化したいと思い、こうのセンセイと連絡がつかないか色々当たる中で、双葉社の編集経由で何とか企画書と手紙を送ることができた。
 こうのセンセイは「『名犬ラッシー』の監督が自分のマンガをアニメ映画化したいだなんてすごく嬉しい」と頂いた手紙を枕の下に敷いて寝た。(何この素敵エピソード!)
 アニメ化の話を聞かれたセンセイは「当時は髪型とか服装とかみんな同じで、マンガで描き分けるのがとても苦労した。空襲で泥だらけになったら余計に区別がつかない。実写ならその辺は役者で見分けがつくかもだけど、アニメではとても大変なのでは」と思った。しかし「『マイマイ新子』で大昔のことを見てきたように活き活きと描いた片淵カントクなら出来るのではないか」とも思ったと。
 元々こうのセンセイはアニメ『名犬ラッシー』がお好きで、TV放映を見ていた当時「日常生活の楽しいことを丁寧にしっかり描いていて、自分もこういうマンガが描きたいと思っていたので、目の前に明かりが灯った気がしました」と。
 片淵カントクは「『ラッシー』は視聴率があまり良くなくて、フジテレビに何度も怒られた。でもこうのセンセイが『ラッシー』の監督として自分のことを覚えてくれていたことに非常に報われた気持ちだった」と。

・作品作りについて
 こうのセンセイは『この世界の片隅に』を描くに当たって、戦時中の話を描くので(マンガだからフィクションだとは言え)、当時をリアルに体験した人にウソだと思われてはならないと、とにかく調べまくって描いたと。
 片淵カントクはアニメ化に当たって、自分でも再度一から調べまくったのだが、逆にこうのセンセイがここまで調べていたのかと驚くことしばしばだったと。『この世界の片隅に』冒頭の少女時代のスミちゃんの話で、背景にヨーヨーをしている子どもが描かれている。片淵カントクが時代背景を調べていたら、実は昭和の初めにヨーヨーが流行していた…とか。
 司会の方が「こういう調べたことって“実はこの頃ヨーヨーブームがあった”とか注釈を入れてしまいそうなものですが、そういうことをせず、さらっと背景に混ぜ込んでいるんですね」と振ると、こうのセンセイ「私は歴史とか地理が苦手なんで、皆は知ってるけど私だけが知らないだけかもなので、注釈なんか入れると“お前何当たり前のこと今さら言ってるの”となるので(笑)」と。

 また作中に出てくる料理は、実際に当時手に入るものでこうのセンセイが自分で作ってみたんだとか! 季節の雑草を摘んできて、当時の配給の記録を調べて…。

・『花は咲く』について
 NHKの東日本大震災復興支援の一環で『花は咲く』というアニメ企画があり、キャラクターデザインこうの史代・監督片渕須直で作成した。
 キャラクターデザインこうの史代とクレジットされているけど、実際にこうのセンセイがデザインしたのは主人公の女の子の少女時代と大人になった時の2カットのみ。ファミレスで打ち合わせ中に、元々の案がおかっぱ頭だった女の子が「それじゃ大人になったシーンで同一人物だと一目見てわかりにくい」ということで「それじゃ天パーにしましょう」とさらさらっと描いた絵がこれ。残りのキャラはこうの作品から監督が任意で選んで使わせてもらったんだとか(笑)


以上、記憶が新しいうちに、覚えてるまま書き留めさせてもらいました。とにかく、こうのセンセイが終始自然体で飾らないトークで素敵でした。片淵カントクはアニメ制作の(特に『ラッシー』第1話の)裏話が壮絶でメチャメチャ面白かったです。
来年公開されたら必ず観に行こうと思います。

DVD見てて思ったこと

★「水曜どうでしょう」DVDの副音声を聞いてて印象に残ったこと。大泉洋のデビュー当時、先輩であり事務所の社長である鈴井さんが叱ったこと。
以下DVDからの書き起こし。

藤村 VTRにはなかなか映りませんけども、彼(大泉洋)ね、この頃はずいぶん左側の黒い(服の)人(鈴井貴之)に怒られてましたからね。「お前はプロ根性がねえ」みたいなね。
嬉野 かなりビビッてましたよ
藤村 かなりビビッてた
鈴井 あのね。多分このサイコロ3の時じゃないですかね。藤村さんが「それじゃあそろそろ(カメラ)回しましょうか」と。その時大泉はタバコ吸ってたんですね。「大泉くん、じゃあそのタバコ終わったらやりますから」「ああわかりました~。じゃあちょっと待ってください」と言った時に隣にいた僕がカチンとね(笑)「お前のタバコでみんな待ってんだぞ。そんなものは“ああいいです。すぐやってください”と消すのが普通だろう」…と説教してましたね(笑)
藤村 この頃はそうでしたね。でも今やね、彼を褒めるわけじゃないけどもね。随分とそういう点では、彼の考え方ってのはハッキリと“これで生きていく”っていうのかね。ま、バカを褒めるわけじゃないですけど
鈴井 プロフェッショナルになりましたし、周りにもいろいろ気を使うようになってね。本当立派なね、大人になってくれましたよ



マンガ家は1人でやってる上、編集がかなり気を使ってくれるので、なかなか礼儀とか気付かないことが多いのではないかと。叱られる機会というのはなかなかないですが、こういう苦言を呈してくれる人は大事にしたいと思います。



フライヤーお笑いないと

★先週土曜日(9月11日)の「きらきら☆お笑いないと」のこと書くの忘れてました。
ひっ…じょうに面白かったです!
基本的には友達の濁酒くんと一緒に、会場後方でずっと飲みながら、周囲に座っていたマンガ家の張慶二郎センセイやその友達と騒いでました(笑)
それでもDJのかける曲がツボにはまるものばかりで「あ、この曲いい!」「聖子ちゃんだ!」「マイケルだ!」と、音楽をおつまみにお酒が進む進む。
途中からお笑い芸人とのコラボタイムが始まりましたが、面白いネタには大ウケし、つまらなければつまらないで野次を飛ばし(笑) 
TAKA村に帰れコールをしたのに、全くめげずに芸をする彼にはかなり好印象を持ちましたよ。

★DJ的にはまやぴょんのポエムが爆笑でした。曲もすごい良くて、新しい何かが生まれたのではないかと。

★イベントはムラマツさんとしんご王子が出ずっぱりで大活躍でした。準備や打ち合わせなどそれぞれ間近で見たり聞いたりしているので、特にMVPとしてお疲れ様でしたと言いたい。
ま、言わないけど(笑)
プロフィール

naritari

Author:naritari
4コママンガ家
1971年生まれ
1998年「のんちゃんのお兄さん」でデビュー

現在よみうりテレビ携帯サイトにて「ギョーカイ用語辞典」配信中

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